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2012年1月29日日曜日

連帯・共同ニュース ~2012年1月28日 220号~ より

2012年1月28日 220号  

まだ、テント広場は権力の動きに抗して存続している

■ 経産省や諸官庁の建物、つまりは霞ヶ関をなす建物群の中で、経産省前テントは急造で出来
たものであり、風や雨にさらされる度に壊れないかと危惧される程の貧弱なものである。テントのデザインも洒落たものというよりは見た目はごたごたしたものかもしれない。だが、この霞ヶ関の一角に出現したテントはこの一帯の風景を変えつつある。霞ヶ関という日本の権力の中枢に出現したテントは寒々とした風景に別の活気と魅惑をもたらしているのだ。日本の権力を構成する官僚たちにとってこの存在は許し難いものかもしれないが、脱原発を期待するあるいは権力に異議を持つ人々には希望をなすものなのだ。霞ヶ関は本来国民の場であることを想起させている。


■ 9月11日にテントが出現した経緯やその後のドラマを含んだ過程の多くは省くが、このテ
ントは経産省との関係では緊張の連続であり、1月24日には遂に撤去命令がきた。これは強制排除を予測させるものとして新たな緊張を今後にもたらすものである。僕らは国民の脱原発の意志と声を結集することで対抗する他に道はないが、昨日《750名が集まった27日の緊急抗議集会》のようにこの道を歩み続ける。人々の声と意志が一段と高まれば彼らの動きを封じられる。


■ テントやテント前広場は経産省側のとの対抗の緊迫度を増しながら、内側ではこのテントが
成長していることを伝えなければならない。人々の意志空間《声と意志の結集空間》としてのテントは存在した日から、段階を経ながら成長しているがそれは一言で言えば、お祭り(祝祭的)な性格を強めてきたことである。この場に集う人々が共感し合いつながりあいを深めてきたのだ。脱原発も原発推進社会を変える運動も祭り(祝祭)的な要素が発展し魅惑的にならなければならない。思わず足を運ぶ、何かを期待するのは共感しあうものがあることだ。こころが響きあうことだ。テントという意志空間の内にはその萌芽はあり、それは日々深まっている。建物としてのテントは貧弱でもそこに集う人々のこころや気持ち豊穣である。全国から、外国から駆けつける人々、何年振りに再会する人々の共感がある。声高に脱原発を語らなくとも、お互いの気持ちは自然に浸透しあっている。かつて人々が祭りに込めたものがそこでは存在している。


■ 権力の対抗とは僕らの脱原発運動が魅力的になることだがそれを祭りや「自由や民主主義」
の体現と言っても同じである。権力側の動きは予断を許さないところがある。時間のある限りテントに顔を出して欲しい。それが僕らの第一歩にして最大の力なのである。(文責 三上治)

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