2012年2月4日土曜日
その日のあとで ~フクシマとチェルノブイリの今~
LunaticEclipsNuclea2 さんが 2012/01/29 にアップロード
その日のあとで ~フクシマとチェルノブイリの今~
http://www.mbs.jp/eizou/backno/110626.shtml
3月11日、巨大地震と津波によって福島第一原発で起きた事故は
大量の放射性物質を放出し、1986年の旧ソ連・チェルノブイリ
原発事故と同じく史上最悪の「レベル7」となった。
日本は今後、広範かつ長期にわたって放射能汚染と向き合うことになった。
全村避難を余儀なくされた福島県飯舘村の人々の苦悩とともに、
事故後25年経ったチェルノブイリ周辺の現状を取材、
私たちが教訓として学ぶべきことは何かを考える。
http://www.ent-mabui.jp/schedule/1347
放射能とともにこの先の時代をどう生きるのか
今年3月11日に発生した東日本大震災から3カ月。
史上最大級のマグニチュード9の地震は、
それに伴う大津波とともに東北地方に甚大な被害をもたらした。
これまで「絶対安全」と言われてきた原発も例外ではなかった。
福島第一原発では、地震で緊急停止したものの、全電源喪失で燃料の冷却が
できなくなった1~3号機が「メルトダウン」状態となり、水素爆発が起こった。
さらに圧力容器や格納容器などの損傷により大量の放射性物質が放出された。
日本初の深刻な原発事故だが、いまだ収束には至らず、放射性物質は漏れ続けている。
目に見えない放射能は私たちの生活にどんな影響を与えてゆくのだろうか。
事故の発生からの状況を追い、高濃度に放射能汚染されたいわゆる
「ホットスポット」となった飯舘(いいたて)村を取材。
さらに、1986年に起こったチェルノブイリ原発事故の現状も取材する。
事故後、周辺地域では子どもの甲状腺がんなどが大幅に増えた。
チェルノブイリ原発から200kmのベラルーシ共和国・ゴメリに住む、
ユーリ・ピチュコフさん(22歳)は事故後に生まれたが、
10歳で甲状腺がんを発症し、現在も投薬治療を受けている。
否応なく放射能汚染と向き合わざるを得なくなった「その日のあと」を考える。
フクシマ原発問題の現状とテレビメディアの功罪
http://9-kyoto.net/news/110709journalist9.html
毎日放送のドキュメンタリー制作者津村健夫ディレクターは
2008 年「なぜ警告を続けるのか、京大原子炉実験所異端の科学者たち」
(映像08)を制作しました。
また311後も取材を続け2011 年6 月26 日に映像11 の枠で
「その日の後で、フクシマとチェルノブイリの今」を放送するため、
ベラルーシ、ウクライナへの取材も敢行しました。
2008年に「なぜ警告を続けるのか、京大原子炉実験所異端の科学者たち」を制作した
毎日放送のドキュメンタリー制作者津村健夫ディレクターに対する
関西電力の露骨な介入・恫喝について
パックインジャーナルで今井一氏が語っている。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿